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スタッフ一人ひとりにファンのいるお店を…
スタッフを導き育てることが五郡の使命

五郡 雄太郎

IPPUDO TAO FUKUOKA

(現・一風堂西通り店)

働きながら天文学者を目指そう

五郡雄太郎には夢があった。それは天文学者になることだった。自宅浪人をしながら九州大学を目指したが、経済的な事情が許さなくなった。
働きながらチャンスを伺おうと、20歳で一風堂TAO福岡のオープニングスタッフに応募する。
座学、接客のロールプレイを学びオープニングに備えた。店長は三上貴司、セカンドは飯森彩だった。三上は間もなく東南アジアに赴任する。五郡は飯森から徹底して一風堂のイロハを学ぶことになる。
「最初の1〜2年間は怒られっぱなしでした。何で怒られているのかも分かりませんでした」と。
そして、焼き場、洗い場、祭り飯づくりの3つだけが五郡に与えられた仕事だった。ホールには出してもらえなかった。自分で考えろと言われ続けたが、何を考えるのかも理解できなかった。性格的にも頑固で、自分の我に縛られていた 。
「まったく素直じゃなかったですね。自分自身がネックだ、自分に課題があると薄々は感じていましたが」。そのような状況の中、飯森は粘り強く五郡に接していった。

飯森の思いに気付けなかった

五郡は「考えて行動しなさい」と言われ続けた。しかし、何を考えたらいいのか全く分からなかった。今になって理解できるようになったと言う。
「当時は怒られた言葉をストレートに受け止め、言葉だけについて思いを巡らせていました。しかし飯森さんは、僕が気付いて変わって成長することを望んでいたわけです。当時は言葉の背景にあった飯森さんの思いを理解することができませんでした。」
最初の1〜2年は天文学者になる夢を捨てきれなかった。しかし飯森からは現実を見ろと言われた。
天文学者になれるのか?なったとしても食べていけるのか?「趣味でもいいじゃないか」と。
五郡はアルバイトを5年半続けたのち社員の道を希望した。大名店にいた先輩の永田が社員になったからである。五郡は長田の接客力に憧れていた。自分も永田のようなやわらかい接客を身につけたいと。

店長になって状況が一変した

2016年5月、五郡は一風堂TAO店長に昇格する。店長に昇格した途端、自分とスタッフの状況は一変したという。
「自分自身の変化と、スタッフの変化との両方を感じました。自分自身について言えば、物事を見る基準が自分から周りに変わりました。自分よりスタッフのことを、お店のことを考えるようになりました。またスタッフとの関係も変わりました。自分が噛み付いていた対象に自分がなったわけです」。
そして、飯森との関係も変化してゆく。
「私にとってもスタッフにとっても飯森さんは絶対的な存在でした。私は途中まで飯森さんの真似をしていました。しかし、当たり前のことですが、真似なんかできるはずはありません。自分らしくやっていかなくてはならないのです。私にとっての大きな試練でした」。
そんな矢先、防災管理責任者の講習をうけていたときのことである。ストレスが起因してか五郡は腸捻転を起こして入院することになる。そのとき、スタッフみんながサポートしてお店を守ってくれた。五郡は仲間のありがたさをしみじみと感じたという。
五郡の気持ちが変化するとともに、スタッフとの関係性も変化してゆく。そして徐々に、五郡が店長の一風堂TAOがチームとしてまとまってゆくのである。

スタッフの喜びが自分の喜び

今年行われたミステリーショッパーにおいて、一風堂TAO福岡は全国6位の成績を得た。そのときのことを五郡は語る。
「自分のことよりもスタッフ達が評価されたことが嬉しかったですね。今までは自分のことしか頭にありませんでしたが、店長の職についてスタッフたちが褒められることが何よりの喜びと思えるようになりました」。
飯森が期待していたことは、実は、このようなことであったのであろう。
五郡は店長になって3回目のくしふる研修に参加したときのことを話す。
「自分にとってもきつい時期でした。エリアマネージャーの長瀬さんからは絶対に行くように言われました。」そのとき五郡はリーダー役に立候補する。
「リーダーを買って出たものの、自分のやり方やクセが出てしまいチームはガタガタでした。持病の低血糖症もあり寝坊して朝礼にも遅刻しました。持病のことはメンバーには話していませんでした。しかし自分の状態を素直に話して理解してもらうと、チームメンバーはサポートしてくれるようになりました。そして研修3日目の夜、グループディスカッションにおいてやっと腹を割って話すことができました。そこから劇的にチームが変わってゆきました。まさに“まず理解に徹し、そして理解される”ことを共有できたのです」。
NRE、日本レストランエンタプライズから参加した鵜木には助けられたという。福岡訪れたときには、今でも連絡をくれるそうだ。

まずは一風堂TAOのファンづくりを

五郡は最近一風堂TAOの店舗コンセプトを作ったそうだ。
『スタッフ一人ひとりにファンのいるお店』がそれである。なるほど、スタッフに対する思いと視線が込められている。時間はかかったが、五郡は大きな気づきと学びを得たようだ。
これからの自分については、「自分の足りないところは3つあります。一つは主体性、二つ目はコミュニケーション、3つ目は数値管理です。主体性については、まだまだ足りないと感じています。コミュニケーションについては、スタッフ一人ひとりと向き合う時間をつくります。数値管理については、FLの管理を再度学びます。売上げは昨年比横ばいですが利益が上がっていません。もっと勉強が必要です」。
五郡は我が強く、自分しか見えていなくて、考えて行動するべきことが分からないといった経験をしている。時間はかかったが、ようやくその壁を乗り越えることができた。その経験があるからこそ、より深くスタッフの気持ちに寄り添えるはずだ。
一風堂での人生は飯森彩からスタートしている。こんどは五郡からスタートしたとスタッフから言われるような存在を目指している。
現在27歳、結婚も視野には入っているが、仕事がまず先である。まずは一風堂TAOをコンセプトに沿って繁盛店に仕上げて、遠い将来には自分のお店を持つことも夢の一つになっている。